生体触媒・バイオプロセスとは?

応用生物プロセス学講座 > 生体触媒・バイオプロセスとは?

生体触媒・バイオプロセスとは?

生体触媒というと、すこし難しく感じられるかもしれません。本来、触媒というのは、自分自身は反応せずに化学反応の速度を著しく高める作用のあるものを言います。事実上進行しないような反応でも、触媒があれば行えるので、今や化学工業ではなくてはならない存在です。また身近なところでは、自動車の排気ガスの処理装置にも触媒が使われています。

実は、この触媒は、人間や植物、さらに微生物にいたるあらゆる生命にも存在しています。その名を「酵素」といいます。生体の中で触媒作用を示すものの大部分が、蛋白質の一種である酵素です。しかもその種類は、三千種類にも及びます。もちろん酵素以外にも生体の中には触媒作用を示すRNAや、最近では人工的に作られた抗体が触媒作用を持つことも知られていますが、これらはごくわずかです。では、生物にはなぜ酵素触媒が必要なのでしょうか。それは、私たちの体は、非常に精密な化学工場だからです。我々は、食べ物を食べて消化し栄養としますが、でんぷんはアミラーゼ、肉類などの蛋白質はトリプシン、脂肪はリパーゼといった各種消化酵素により分解されます。栄養分は吸収されると、今度はエネルギーや体を構成する成分に変換されます。細胞の中は、大部分水でできており、その中に多数の化合物が存在し、多くの化学反応が進行しています。もし酵素がなかったら、ほとんどの反応は起こらず、生物は生きていくことができません。また、酵素は細胞内のさまざまな化合物のスープの中から、自分が触媒する特定の化合物を見つけてそれだけに働きます。これを酵素の特異性と呼びますが、このおかげで、混沌とした細胞のなかでも反応は整然と起こります。このような酵素のはたらきで、巨大な化学工場ほどの反応を、ほんの小さな細胞一つ一つのなかで行うことができるのです。さらに、細胞はこの化学工場の担い手である酵素を、その設計図であるDNAの情報に基づいて、必要なときに必要なだけ、自分自身で合成するのです。

ではこの生体触媒が細胞外で活躍できる場所はどこでしょうか。既に、その幾つかは生活や産業に利用されています。例えば、汚れを落とす洗濯洗剤用酵素、病気の診断用酵素、食品の生産に利用されている酵素など、いろいろな場所で活躍しています。こうした酵素などの生体触媒の機能を高度に利用し、これを産業上に応用しようというのが、我々の研究室の大きなテーマです。その供給源を私たちは、微生物や海洋生物に求めています。まさに未知の酵素機能を探すハンターのようなものです。でも単に探しただけでは、利用できませんので、それをうまく化学プロセスや食品製造に応用したものが、いわゆるバイオプロセスとなります。そのためには、酵素工学、遺伝子工学、蛋白質工学を中心としたバイオテクノロジーの最新の技術が必要です。

実験写真21世紀は、生物の時代といわれています。それは、遺伝情報が解明され酵素や蛋白質の機能がより簡単に利用できるようになったからです。化学工業でもこの方向での研究が進められています。環境に留意した化学工業は最近、「グリーンケミストリー」と呼ばれています。バイオプロセスは、元来生物機能を利用しますから、環境適合性が優れています。21世紀の化学産業では、植物などのバイオマスを原料にしたバイオプロセスによる生物化学産業が盛んになると予想されます。

そこで、我々の研究室では、不斉還元、不斉酸化、ハロゲン化など、酸化還元系の酵素をハイブリッド化したバイオプロセスにより光学活性な化合物を合成する技術、植物や花に含まれるテルペンと呼ばれる特殊な芳香性化合物を微生物の一種である放線菌の生合成酵素を利用して効率的に合成する技術の開発を試みています。不斉反応というのは、難しい言葉ですが、有機化合物にも人の手の右と左に相当するものがあり、その片方だけを効率的に作る技術のことです。特に、医薬品などの原料には、こうした不斉を持つ光学活性な化合物の合成が大切です。2001年、名古屋大学の野依教授(現 理化学研究所)は、金属触媒を使う不斉還元技術の研究開発によりノーベル化学賞を受賞しましたが、我々の開発した不斉還元バイオプロセスもこの技術を凌駕するレベルにあり、現在実用化を目指しています。

このように、私たちの研究室では、環境に優しい効率的な「バイオプロセス」の開発を中心に研究活動を行っています。また、多くの企業や国県などの研究機関とも共同研究を行ってます。

▲このページの先頭へ