富山県立大学工学部 バイオ医薬品工学講座 長井研究室

研究紹介Research

1. 病原体認識機構と自然免疫制御におけるTLRの研究

 TLR4はLPSに対する応答に必須の分子であるが、それだけではLPSを認識することはできない。私達はTLR4に会合する分子MD-2を見いだし、MD-2がTLR4によるLPS応答に必須の分子であること、またMD-2がTLR4の細胞内局在を制御することを明らかにした(Nagai Y et al. Nat Immunol 2002)。本研究が基盤となり、他の研究者によりTLR4/MD-2の結晶構造が解かれ、MD-2にLPSが直接結合し、それが引き金となりTLR4/MD-2の二量体が形成され、シグナル伝達が開始されることが解明された。
 RP105はTLRの発見以前にクローニングされた、ショウジョウバエTollの最初の哺乳類ホモログである。RP105の細胞外部分にはMD-2のホモログであるMD-1が会合するが、その機能は不明であった。そこで私達はMD-1欠損マウスと抗マウスMD-1モノクローナル抗体を作製し解析した結果、RP105/MD-1はLPSに対する応答には必須ではないが、TLR4と協調してB細胞のLPS応答性を増強することを明らかにした(Nagai Y et al. Blood 2002)。またMD-1はRP105の細胞表面への発現を制御することで,LPS応答性を調節することを明らかにした。またRP105/MD-1はTLR4だけでなく、TLR2とも機能的に連関して、T細胞非依存性抗原に対する抗体産生を誘導することを明らかにした(Nagai Y et al. J Immunol 2005)。また、病原体抗原に対して即時に反応する辺縁帯B細胞において、RP105がLPSによる抗体産生細胞への分化及びIgM中和抗体の産生に必須の役割を果たすことを明らかにした(Nagai Y et al. Int Immunol 2012)。以上からRP105/MD-1は、細菌の細胞壁構成成分に対する抗体産生に重要な役割を果たすTLRファミリー分子である。

2. 慢性炎症性疾患におけるTLRシグナルの解析

①自己免疫病の病態形成における自然免疫シグナルの研究

 RP105が欠損した自己免疫病モデルマウスMRL/lpr-lprマウスでは、血管炎や腎炎などの症状が改善することが報告されている(Kobayashi T et al. Int Immunol 2008)。すなわち自己免疫病の発症・増悪にRP105/MD-1が関わることが示唆されている。またMD-2にはTLR4に会合しない可溶型が存在し、それ独自の作用があることが報告されている。そこでRP105に結合しない可溶型MD-1を測定する実験系を確立したところ、野生型マウスの血清中に可溶型MD-1が存在することを見出した(Sasaki S et al. Mol Immunol 2012)。さらに野生型マウスと比べて、MRL/lpr-lprマウスの血清中には多量の可溶型MD-1が存在し、その量が加齢と共に増加することを見出した。また可溶型MD-1を産生する細胞は主に腎臓に浸潤したマクロファージであり、浸潤マクロファージと可溶型MD-1が糸球体腎炎の病態に関わることが示唆された。

②メタボリックシンドロームの発症・増悪機構における自然免疫シグナルの研究

 TLR4は内因性リガンドとしてパルミチン酸などの飽和脂肪酸を認識し、内臓脂肪組織炎症やインスリン抵抗性の発症に関わることが報告されている。一方、RP105/MD-1がパルミチン酸を認識するかどうか、また内臓脂肪組織炎症やインスリン抵抗性の病態に関わるかどうかは不明であった。そこで高脂肪食摂餌による肥満・2型糖尿病モデルを用いてRP105/MD-1の機能を解析した。その結果、12週間の高脂肪食摂餌により、野生型マウスの内臓脂肪組織におけるRP105の発現が約18倍に増加し、ヒト内臓脂肪組織においても、RP105発現レベルと肥満度(Body mass index:BMI)との間に有意な正の相関を認めた(Watanabe Y et al. Diabetes 2012)。RP105またはMD-1欠損マウスはTLR4欠損マウスと比較して、高脂肪食摂餌による肥満、内臓脂肪組織炎症、インスリン抵抗性、脂質代謝異常が顕著に改善した。内臓脂肪組織における主要なRP105/MD-1発現細胞はマクロファージであり、高脂肪食摂餌により炎症性M1マクロファージにおけるRP105の発現が増加した。TLR4の内因性リガンドであるパルミチン酸刺激に対して、RP105またはMD-1欠損マクロファージは正常に反応した。以上からRP105/MD-1はパルミチン酸を認識せず、TLR4とは異なる機序で肥満や2型糖尿病の病態形成に関与することを明らかにした。
 その他に、内臓脂肪組織炎症及びインスリン抵抗性の発症における好中球の研究や、視床下部炎症及び摂食調節異常における自然免疫シグナルの研究を推進中である。

3. 自然免疫系を正または負に制御する化合物の探索とそれらを活用した創薬研究

①土壌菌由来の新規TLR4リガンドの発見とその作用の研究

 TLR4リガンドである1リン酸リピドAは、ワクチン用のアジュバントとして臨床応用されている。しかし細菌毒素のアナログであることから、様々な副作用も報告されており、安全性の高いアジュバントの開発が求められている。そこで非毒素由来のTLR4リガンドを探索する目的で、マウスTLR4/MD-2を活性化する薬物の探索を開始した。共同研究機関から供与された天然薬物及び市販の天然化合物ライブラリーを用いて探索した結果、土壌菌の抽出物に含まれる抗生物質フニクロシンの還元体(以下FNC-RED)にマウスTLR4/MD-2を活性化する作用を見出した(Okamoto N et al. J Biol Chem 2017)。FNC-REDの炎症惹起作用は1リン酸リピドAと比べて弱いが、抗原提示作用は保持していることが示唆されたことから、過剰な炎症を誘導しない安全性の高いアジュバントとして有用な創薬シーズと考えられた。さらにヒトTLR4/MD-2に対する親和性を向上させるために、誘導体を複数合成し、FNC-REDにリン酸基を付与した誘導体FNC-RED-P01にヒトTLR4/MD-2を活性化する作用を見出した。さらに分子インフォマティクスの手法を活用し、ヒトまたはマウスTLR4/MD-2にFNC-RED-P01またはFNC-REDが3分子結合し、TLR4/MD-2の二量体化及びシグナル伝達を誘導することを明らかにした。

②TLR7活性化を特異的に阻害する植物由来天然物の発見とそれを活用した自己免疫病治療薬の開発研究

 自己免疫病の一つである全身性エリテマトーデス(Systemic lupus erythematosus:SLE)は指定難病であり、これまでに承認された治療薬は少なく、医療ニーズが存在する重要な疾患である。近年、SLEの病態形成に重要な役割を果たす分子としてTLR7が注目されている。私達はマウスTLR7発現細胞株を用いて、TLR7活性化を特異的に阻害する薬物の探索した。その結果、マメ科植物由来の化合物にマウスTLR7活性化を特異的に阻害する作用を見出し、協力企業と共同で国内特許及びPCT国際出願を行った。本化合物はヒト樹状細胞やSLE患者由来単核球におけるTLR7活性化も阻害することを確認しており、臨床応用に期待が持てる創薬シーズと考えている。現在、シーズ化合物を基にしたメディシナルケミストリーを実施中である。

4. 造血幹細胞・前駆細胞の造血分化におけるTLRシグナルの研究

 私達は、造血幹細胞及びミエロイド系前駆細胞、リンパ球系前駆細胞にTLR4/MD-2及びTLR2が発現することを見いだした(Nagai Y et al. Immunity 2006)。各々のリガンド刺激により、造血幹細胞の細胞分裂が亢進し、MyD88依存的にマクロファージへの急速な分化が誘導されることを明らかにした。またミエロイド系前駆細胞はM-CSFなどのサイトカインの添加無しで、各々のリガンド単独刺激により、炎症性マクロファージへと急速に分化した。さらに同様のリガンド刺激により、リンパ球系前駆細胞からのB細胞分化が抑制され、代わりに樹状細胞への分化が誘導された。以上から、未分化な造血幹細胞・前駆細胞もTLRを介して病原体を認識し、MyD88シグナルを介して自然免疫系細胞への分化を促進すると考えられた。これは感染症の際に、病原体を排除するために前駆細胞からミエロイド系細胞を優先的に且つ急速に分化させる、理にかなったメカニズムと考えられる。

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