富山県立大学工学部 医薬品工学科 製薬化学工学講座 生物有機化学 小山研究室

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製薬化学工学講座 生物有機化学

有機合成化学の力で天然高分子の構造に、ちょっぴり手を加えて医薬品・生体医工材料を開発する

触媒的重合反応による天然高分子の合成:
(1→2)-グルコピラナンを配糖した生理活性分子の合成



 糖鎖は多機能性から様々な研究分野で取り扱われる重要な標的分子です。高親水性、非毒性、生体適合性などの材料としての機能のみならず、分子集積に有用な官能基や不斉情報を多く含むという構造上の利点を有するためです。糖鎖をビルディングブロックとして活用した低分子薬剤、機能性食品、生体医工材料などの生体内使用を意図した分子・材料に加え、光学分割材料、非線形光学材料などの高機能性材料の開発についても盛んに研究が行われています。                               
 単一の糖モノマーからなるホモ多糖類の構造は、アノマー位の連結位置で分類することができます。これまでの糖鎖に関する研究のほとんどは、1,3-, 1,4-, 1,6-グリコシド型ポリマーを用いるもので、1,2-グリコシド型ポリマーの検討のみが完全に欠落していました。                      
 こうした背景の下、最近、私たちは1,2-グリコシド型ポリマーの新合成法を開発しました。その新合成法に基づいて、様々な新物質創製について検討していますので、以下紹介します。            
                            
 これまでにエポキシド型糖モノマーを用いるカチオン重合によって、1,2-グリコシド型ポリマーが得られることは報告されていました。しかし、モノマーが化学的に不安定で、純品として単離することは極めて難しく重合制御が困難でした。得られたポリマーの分子量分布はブロードで、ポリマーの末端に任意の置換基を導入することもできませんでした。                               



 そこで私たちは環状サルファイトの特異な重合挙動を利用することにしました。環状サルファイトをカチオン性条件で開環重合すると、環のサイズやひずみによって生成物の構造が異なることが報告されています(Takata, Endoら、JPSA, 1997; Kricheldorfら、Macromolecules, 2001)。特に、5員環の環状サルファイトでは、SO2が主鎖から完全に脱離し、ポリオキシエチレンが得られます。            

 私たちのアイデアは「5員環の環状サルファイトを糖モノマーの骨格に組み込む」というものです。5員環の環状サルファイトはエポキシドに比べて、反応性に乏しいため、(i) より化学的に安定な糖モノマーが得られ、(ii) カチオン性条件によってSO2が脱離してアノマー位と2位が連結するように重合が進行すると期待しました。またピラン環の酸素の影響によって、アノマー位の環状サルファイト(C-O)の結合エネルギーが低下するため重合時の結合切断位置が制御でき、糖の向きも制御されるようになると考えました。   
 検討の結果、アルコールを開始剤として用い、ジクロロメタン中で超強酸であるTfOHを加えるとSO2の脱離が伴う重合が進行し、対応する1,2-グリコシド型ポリマーが得られることが分かりました。重合度は開始剤の仕込み比によって自在にコントロールできることや、重合温度によって、アノマー位の立体化学の制御が可能であることも見出しています。                               


 この手法はグラフト化反応にも応用可能で、材料表面の水酸基を開始剤とするGrafting-from法だけでなく、ペンテノイル基を末端に持つ構造明確なポリマーを事前に調製し、その末端官能基を用いたグリコシル化反応によるGrafting-onto法も開発しました。                          


   
 さらに、本手法はオリゴ糖を配糖した天然物の合成においても、その威力を発揮します。従来までの方法論ではオリゴ糖を配糖化させるために、多段階工程が必要でした。私たちの手法を用いると、僅か1段階でオリゴ糖配糖分子が得られます。またアグリコンと糖モノマーの仕込み比を変えるだけで、糖鎖長を任意にコントロールすることができます。
                                  


 上記は最近合成したオリゴ糖を配糖したケルセチンです。この分子の水溶液中での自己組織化挙動を調査した結果、ミセルの表面に集積した嵩高いオリゴ糖はあたかも「ミセルの立体保護基」として機能し、ミセルを速度論的に安定化させることが分かりました。外部刺激(温度、pH変化など)に安定なミセルを得るための新しいコンセプトだと考えています。ケルセチンは生理活性物質ですが、その疎水性コアに更に薬物を内包させる「Drug-in-Drug」型のミセルを用いたDDSについても検討しています。  


       

新しい重合法を用いたシークエンス制御ポリペプチドの開発と生体医工材料の開発

 輸出産業における工業素材の強化のため、強く、軽く、耐熱性の高い革新的な構造材料の開発が強く望まれています。高分子材料において、ポリアミドは軽量で高強度、高耐熱性を示す代表的なポリマーです。ポリアミドの中でも特にポリペプチドは次世代の構造材料の母骨格として注目されています。
 フィブロイン(絹や蜘蛛の糸の主成分)、エラスチン、コラーゲン(脊椎動物の構造タンパク質)などの天然の繊維状タンパク質には、特定のペプチド配列が繰り返し構造として含まれていることが知られている。そのため、有機合成化学において、ペプチド配列を簡便に制御できるような方法論があれば、任意の機能をもった新材料を自在に創製できるはずです。                          
 しかし、実際ポリペプチドのペプチド配列を制御するのは一筋縄ではいかないのが実情です。以下に従来までのポリペプチド合成法の概要を示します。                          



 ホモポリマーであれば、アミノ酸を重縮合することによって簡単に合成できます。環状のアミノ酸型モノマーであるNCAを用い、開環重合をするとリビング型の重合が進行するため、分子量分布や重合度を制御することが可能です。また重合後期に別モノマーを加えることで、ブロックコポリマーを合成することもできます。その一方で、ペプチド交互共重合体を合成することは極めて困難です。2種のアミノ酸を重縮合するとランダムコポリマーが得られるため、従来法ではジペプチドを事前に調製し、それを重合する必要がありました。しかし、ジペプチド自体を合成することが多段階合成が必要なため面倒であること、非天然型の立体化学を導入しにくいこと、完全に人工型の官能基を導入するのは不可能に近いことなどの欠点がありました。そこで、私たちは重合の連結位置を変更することを考えました。もし右下に示したようなモノマーが利用可能で、位置選択的に付加するのであれば、通常の重縮合の様式で重合が進行して対応するペプチド交互共重合体が容易に得られるようになると期待したわけです。                     
 具体的にはUgi4成分連結反応という有機人名反応を重合の素反応として用いることを考えました。Ugi反応はアルデヒド、アミン、イソシアニド、カルボン酸の4成分連結反応であり、全てを当モル量混合すると無触媒で反応が進行し、ジペプチドが得られます。私たちのアイデアは、R3とR4を連結することです。生成物の構造において、その連結はペプチド交互共重合体を意図することになります。R3, R4はそれぞれイソシアニド、カルボン酸由来ですので、もしイソシアニドとカルボン酸を同一分子に併せ持つようなアンビデント分子があれば、それと中間体のイミンとを混合することによって、対応するペプチド交互共重合体が得られるものと期待しました。このアイデアは非常に単純なものではありますが、これまでにこの手法は重合には全く用いられてきていないのが現状でした。その理由は定かではありませんが、おそらくイソシアニドとカルボン酸は本質的に反応活性で、両者を混合して加熱すると付加反応が進行するため、アンビデント分子を純粋に合成できなかったのではないかと考えています。   



 このアイデアに沿って、私たちはペプチド交互共重合体のワンポット合成法を2種、開発しました。非求核性の酸を加えて、系内でイソシアノ酢酸カリウム(以下アンビデント分子)を徐々に中和しながらイミンと反応させるMethod Aと、アルデヒド、アンモニウム塩、アンビデント分子という3成分を混合し、中和、イミン化、重縮合、アシル転位を一挙に進行させるMethod Bです。



 この重合法を基盤技術とし、生体用接着剤や人工皮膚の創製などの生体利用を意図した研究と、らせん状ペプチド交互共重合体を用いる構造材料の研究について並行して検討しています。

ニトリルオキシドを組み込んだ分子連結ツールの開発

 近年注目されてきた「クリック反応」は有機合成において極めて有効な共有結合形成反応であり、クリック反応を用いれば、反応条件の最適化をほとんどせずとも、高い信頼性で新物質を簡単に創製できることが分かってきています。クリック反応の中でも、銅触媒の存在下で進行するアルキン-アジド基間の1,3-双極子付加間化反応(Huisgen反応)が現時点で最も頻繁に用いられています。
 一方で、私たちは1,3-双極子としてニトリルオキシドを用いるクリック反応について研究を進めています。ニトリルオキシドは極めて高い反応性を持った化学種でありますが、化学的に不安定で、自発的に自己分解することが知られているため、これまでに分子集積の分野ではほとんど用いられていません。
 しかし、ニトリルオキシドの1,3-双極子付加環化反応はHuisgen反応と比較すると、反応において触媒が不要な点、爆発性のアジド基の利用を避けられる点、不飽和結合の相手を選ばず、様々な不飽和結合を分子集積点として利用できる点など、多くの利点を含んでいます。

 そこで私たちは、過去のニトリルオキシドの歴史的な研究を踏まえながらも、基礎化学的見地から再度その分子構造と自己分解反応のメカニズムを見直し、欠点を克服した「ニトリルオキシド型クリック反応剤」の創製について研究を推進しています。
 これまでに開発したニトリルオキシド反応剤の概要を以下に示します。まず2官能性の安定ニトリルオキシド反応剤を開発し、①、②不飽和結合を持つ分子の架橋や重合が無触媒で高効率的に進行することを明らかとしています。また、③反応連結点を機能化する方法論や、④混ぜるだけで汎用高分子に対するグラフト化反応が進行する「高分子ニトリルオキシド反応剤」、⑤ヘテロ接合のためのオルソゴナル反応剤を開発しています。また、これらのツールを用いた材料表面の共有結合的な改質技術も確立しています。 

 

 こうした研究を現在さらに展開しています。先端材料開発のための、刺激応答性のニトリルオキシド発生法や、バイオ分野に活用可能な水溶性ニトリルオキシド反応剤などです。研究成果がまとまり次第、改めてご紹介します。

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