研究の概要

我々の研究室では、目的の化合物だけを合成し、供給することによって、その化合物の新規な機能性の追求や活性の発見を行っています。その詳細をお知らせします。

ポリグリセリン脂肪酸エステルの構造と用途

本来混じりあうことのない水と油を均一に混ぜ合わせる役目を果たす物質を「乳化剤」と言います。乳化剤は、脂溶性と水溶性両方の性質を有し、いわば水と油の仲介役として働いており、そのひとつに植物油由来の水溶性物質であるグリセリン(C3H5(OH)3)を重合したポリグリセリンの脂肪酸エステルがあります。国内では昭和五十六年に食品添加物として使われ始め、現在はシャンプーやリンス、乳液などの化粧品、樹脂に特別な機能を加える添加剤などとしても使われています。我々の研究室では、ポリグリセリン脂肪酸エステルの合成研究と機能性材料としての開発を行っています。

ポリグリセリンとは、複数のグリセリンが重合した構造をもつもので、グリセリンが二つ結合したポリグリセリンをジグリセリン、三つ結合したものをトリグリセリン…十のものをデカグリセリンと呼びます。結合するグリセリンの数が同じでも、結合形状に直鎖状や環状、分岐状などと違いがあり、一口にポリグリセリンと言っても様々な種類があります。

グリセリンは、パーム油や菜種油などの油の加水分解で得られます。これらの油を水酸化ナトリウムで加水分解すると、グリセリンと脂肪酸のナトリウム塩、すなわち石鹸になります。またメタノールで加水分解すると、グリセリンと脂肪酸メチルエステル(燃料:バイオディーゼル)になりますから、グリセリンを重合させたポリグリセリンは、グリセリンの用途の一つといえます。

ポリグリセリンの種類と用途


乳化剤の安全性確認や機能開拓に

ポリグリセリンの合成方法はいくつかありますが、食品添加物用に大量生産する場合は、グリセリンに水酸化ナトリウムなどのアルカリ触媒を入れて250℃に加熱する「脱水縮合」反応が用いられ、この場合、低コストでポリグリセリンが製造できます。その反面、結合数や結合パターンが異なる様々なポリグリセリンが入り混じったいわゆる混合物になり、機能や安全性を確実に知ることは困難になります。

我々の研究室では、特定のポリグリセリンを単独で合成する研究を行っています。この方法は、時間と手間がかかる合成ですが、乳化剤に関する評価をひとつひとつの成分ごとに確実に行うことができ、より安全な乳化剤を具体的に提示できる利点があります。また、それぞれのポリグリセリンに特有の機能が見つかれば新しい商品開発の道ができることにもなります。

実験では、ジグリセリンやトリグリセリン単位を合成し、ひとつひとつ結合単位を増加させていきました。直鎖状のデカグリセリンを合成する場合、ジグリセリン五つを、順番につなげていきます。ジグリセリンをまずテトラ(4)グリセリンにし、次にヘキサ(6)グリセリン、オクタ(8)グリセリンへと伸長し、そしてデカグリセリンが合成できました。ジグリセリンを一つつなげるためには3つの工程が必要で、デカグリセリンができるまでに同様の操作を4回繰り返し、計12工程を必要としました。これは特定の水酸基の一カ所だけが反応するように工夫したためです。

このようにして得られた純粋なポリグリセリンを、各種の脂肪酸とエステル結合させて、安全性の評価や新しい機能の探索をしています。

直鎖ポリグリセリンの合成

水素添加にかわる植物油固形化技術

このようにして合成したポリグリセリンの脂肪酸エステルの用途を探ってみましょう。食品メーカーの太陽化学は、2年前に「TAISET」という食品添加物(直鎖状のトリグリセリンの周りにステアリン酸エステルが5つ結合した構造の「トリグリセリンペンタステアリン酸エステル」と「グリセリンモノベヘニン酸エステル」の組み合わせ)を発売しました。これは、油に対してわずか数%を加えるだけで油を固める作用があります。チョコレート、ホイップクリームやマーガリンなどに添加すれば、常温で長時間そのままの形状に保つことができます。一般に、マーガリンやショートニングなど植物油を固形製品にする場合は水素添加という方法で固められます。その際、植物油中の不飽和脂肪酸の一部がシス体からトランス体へ異性化しますが、このトランス脂肪酸を大量摂取すると動脈硬化や心臓病につながることが指摘されました。そこで、水素添加に換えて「TAISET」を使かって油を固めれば、このような懸念のない植物油の機能を保ったままの製品をつくることが可能です。将来は、水素添加にかわる植物油の固形化技術になることが期待されています。 

油脂固化剤の作用

同社は、乳化剤の研究をしていた過程で偶然に、油を固めるポリグリセリン脂肪酸エステルがあることを発見し、商品化に結び付けましたが、油を固めるメカニズムについては解明していませんでした。そこで我々は、太陽化学とともに油を固めるメカニズムの解明を目的に、より少量で油を固める機能をもったポリグリセリン脂肪酸エステルの探索をさらに進めることにしました。まず、トリグリセリンを母核にステアリン酸エステルの個数と場所の異なる誘導体を合成し、これら単独で油を固める機能を比較したところ、「トリグリセリンジステアリン酸エステル」や「同テトラステアリン酸エステル」に1%から3%の添加で油を固める機能があることを見つけ出しました。

「TAISET」でヘキサンを固化させ、ヘキサンを蒸発させた後の表面の様子を電子顕微鏡(SEM)で観察したところ、「TAISET」が網目状に配列していることが確認できました。このことから、油を固めるメカニズムは、油自体の構造は変化せず、「TAISET」に油が包まれて固まった状態になると示唆できました。

メカニズムの考察:電子顕微鏡(SEM)観察

「TAISET」は現在年間約一トンが製造されています。養殖用の固形えさやカップラーメンの調味量に使われるなど、健康に配慮する食品向けに徐々に認知され始めているそうです。われわれは引き続き、油を固める構造をもったポリグリセリン脂肪酸エステルを「医薬品等の基剤に応用する研究」に発展させたいと考えています。

 カテキンを生体に吸収しやすく:医農薬の開発をめざして

我々の研究テーマに、茶ポリフェノールに関する研究があります。「カテキン」は、ポリフェノールの一種で、お茶に多く含まれ、抗酸化力や抗がん作用、動脈硬化の抑制など多くの効果が報告されています。水溶性のため、脂溶性である生体膜を通過しにくく、お茶の飲用によって体内に吸収される量はそう多くなく、お茶一杯(約百ミリリットル)に含まれるカテキン約百ミリグラムのうち、体内に吸収されるのはわずか数%程度といわれています(お茶には、カテキンやエピカテキンなどの単量体の他に、これらが重合した構造をとったプロアントシアニジンも多数含まれており、この合成と評価も重要な研究課題です。我々はこれらの研究も行なっておりますが、詳細は別途お知らせします)。

「カテキン」は、これまで健康食品やサプリメントに使われることはありましたが、医薬品に応用されたことはほとんどありませんでした。三井農林(東京)は、80年に国内で初めてお茶由来のカテキンの研究に着手し、現在は「カテキン」の医薬品への応用に力を入れています。同社が開発した「ポリフェノンE」は、お茶から抽出したカテキンを精製し純度を高めたものです。ドイツの会社は、ポリフェノンEを使った軟膏を開発し、伝染性の皮膚疾患治療薬として2005年に米国食品医薬品局に承認申請しています。認可されれば、米国初の天然植物抽出成分を使用した医薬品となります。世界的にみても、これまでカテキンを使った医薬品が販売された例はほとんどありません。

ポリフェノンEではお茶から抽出、精製したカテキン類がそのままの形で使われています。我々は、カテキンを脂溶性にして体内に吸収されやすい形にした物質を合成し、抗腫瘍作用や抗炎症作用などの効果を確かめる基礎研究を進めています。まず合成したのはカテキンの脂肪酸エステルで、具体的にはカテキンにある5つの水酸基のうち3位の水酸基をいろいろな脂肪酸で修飾してみました。カテキンの脂肪酸エステルは親油性が高く、すばやく体内に吸収された後酵素によって脂肪酸とカテキンに分解され、カテキン単独で働くと予測しています。

 脂肪酸修飾カテキン類

実験では、DNAポリメラーゼという酵素を使ったタンパクレベル、HeLa細胞を使った細胞レベル、マウスによる動物レベルの3段階で行ないました。動物レベルの実験は、背中にカテキンの脂肪酸エステルと発がん性物質(イニシエーター)、発ガンを促進する物質(プロモーター)を塗布したマウスと、イニシエーターとプロモーターのみを塗ったマウスで15週間経過後の様子を比較しました。イニシエーターとプロモーターだけを塗ったマウスには30個近い腫瘍が観察できましたが、カテキンの脂肪酸エステルを加えたマウスの腫瘍数は半分近くに抑えられました。タンパクレベルと細胞レベルの各実験でも一定の効果がみられ、3段階のレベルの実験いずれにおいても、脂肪酸に含まれる炭素数が多いほど効果が高いことが確認されました。脂肪酸の炭素数が増えることでより油に溶けやすくなり、生体との反応性が高まったと考えています。

目下の課題は、カテキンの脂肪酸エステルを大量に合成する技術の開発です。我々の方法では、3つの工程を経てつくられます。初めにフェノール性水酸基のみに保護基をかけて反応が起きないようにマスクし、次に3位の水酸基をエステル化します。そしてフェノール性水酸基の4つの保護基をいっぺんにはずすという行程です。この合成できる化合物の量は数グラム程度と少なく、手間もかかります。そこで現在は、一工程だけでしかも百グラム程度を合成できる低コストの製造技術の開発を目指して、酵素の利用や試薬の工夫など様々な方法を検討中です。 

C-C18(2.0μM)のマウス背部腫瘍抑制

▲このページの先頭へ

閉じる